ちょっと逆説的な表現なんですけど、
つまり、「手をかけてやらないと壊れやすい」ということなんです。
外車は壊れやすいというのが、国産車びいきの日本人の一般常識といえます。
確かに日本の車の壊れにくさ、信頼性というのは随一です。
信頼性という面では最高レベルといっていいでしょう。
ですが、その反面、ちょっと無難すぎる、没個性的すぎる、と感じるところがあるのです。
みんな同じ顔、みんな同じ音、みんな機械的に作られていくなどなど。
そんなイメージです。
ボルボに限らず、外車は人間みたいに、日によって調子が変わります。
エンジンがかかりにくくなったり、無茶な運転をすると、素直にしたがってくれなかったり。強引なアクセルワークには、思いっきりエンジン音でブーイングを出したりします。
こういったことを、外車に乗っている人は、「なんか今日は機嫌が悪いな」とかって表現したりします。
そんな時は、「よしよし」みたいな感じで、柔らかくアクセルを踏んでいってあげたり、
エンジンの異音に耳をすませて、不調に気づいてあげたり。
なんか車とコミュニケーションをとっているような気持ちになるのです。
といっても、ボルボの車は、旧態依然のままの前時代的なものではありません。
当然、車の技術進化が、ボルボにも適用されていますし、
ボルボの随所には電子制御も当然されています。
海外の車は壊れやすいのではなく、ただ、車からのメッセージに耳をすましてあげるほどのゆとりをもっている人が少ないからではないでしょうか。
別に、整備士レベルの知識なんて必要ありません。
ただ、移動のツールとして利用するのではなく、相棒みたいにつきあうと、車からのメッセージが聞こえてくるように思います。
機械を相棒としてつきあう、というとき、連想、思い浮かべるのは宮崎駿の世界です。
風の谷のナウシカのメーヴェしかり、ハウルの動く城しかり。
別の話だと、キノの旅のエルメスもそうかもしれません。
日本では、昔から物にも魂が宿る、といった考えがされていました。
どうせだったら楽しく物とつきあっていきたいですね。
リアル版メーヴェ 八谷和彦さんの動画
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